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山口地方裁判所 昭和56年(行ウ)3号 判決 1984年9月13日

原告

原史憲

右訴訟代理人

倉重達郎

被告

防府市長

原田孝三

被告

鈴木覚

被告

冨田寶一

右被告三名訴訟代理人

斎藤義信

主文

1  原告の被告防府市長に対する本件主位的各訴及び予備的各訴をいずれも却下する。

2  原告の被告冨田寶一に対する本件訴を却下する。

3  原告の被告鈴木覚に対する請求を棄却する。

4  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

(主位的請求)

1 被告防府市長原田孝三は、別紙目録記載のごみ焼却施設を建設してはならない。

2 防府市と川崎重工業株式会社との間の別紙目録記載の契約は無効であることを確認する。

3 被告鈴木覚、同冨田寶一は、防府市に対し、各自一億八二〇〇万円及びこれに対する昭和五六年五月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4 訴訟費用は被告らの負担とする。

5 仮執行宣言

(予備的請求)

1 被告防府市長原田孝三は、防府市と川崎重工業株式会社との間の別紙目録記載の契約代金二一億四五〇〇万円のうち一億八二〇〇万円を川崎重工業株式会社に支払つてはならない。

2 防府市と川崎重工業株式会社との間の別紙目録記載の契約を取消す。

二  被告ら

(本案前の答弁)

本件主位的各訴及び予備的各訴をいずれも却下する。

(本案に対する答弁)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は防府市の住民である。

2  防府市は、昭和五五年七月二五日、訴外川崎重工業株式会社(以下川崎重工という)との間において、別紙目録記載のごみ焼却施設工事請負契約(以下本件契約という)を締結した。その経緯は以下のとおりである。

本件契約締結当時防府市長であつた被告鈴木覚(以下被告鈴木という)は、右契約に先立つ同五五年七月二一日、本件建設工事入札業者として、川崎重工、訴外三菱重工業株式会社(以下三菱重工という)及び同日立造船株式会社(以下日立造船という)の三業者を指名し、最低制限価格を一九億八五六〇万円と定めて指名競争入札を行なつた結果、右価格以上でかつ最低の価格をもつて申込をした川崎重工が、二一億四五〇〇万円で落札した。

3  しかしながら、本件契約及びそれに基づく工事代金の支払いは次の理由により違法であり、しかも、その瑕疵が重大かつ明白であるから、本件契約は無効である。

(一) 最低制限価格を設定したことの違法

地方自治法二条一三項後段は、地方公共団体はその事務を処理するに当たつては「最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない」と規定し、公正にして効率的な自治運営が要求されており、また、最低制限価格を設けて指名競争入札に付する場合は地方自治法施行令一六七条の一〇第二項に規定するとおり、「当該契約の内容に適合した履行を確保するため特に必要があると認めるとき」に限られる。

ところで、本件入札に当たつて、被告鈴木を含む一四名で構成するごみ焼却機種選定審査会は、事前に、先進都市の視察、意見聴取、ヒヤリングによる業者からの意見聴取を行ない、厚生省の指定機関である日本環境衛生センターの意見などを参考にして請負業者たるべきものに必要な資力、技術、信用を十分に確めたうえで、前記三業者を指名業者として選定したものであり、さらには右三業者とも一部上場会社であり、現実に必要な資力、技術、信用等を具備しており、ダンピングによる契約が不履行になつたり、あるいは契約の内容に適合しない施設工事をすることは考えられないから、右施行令の定める場合には該当しないにもかかわらず、被告鈴木は故意もしくは重大な過失により、前記地方自治法及び同法施行令の規定に違反して最低制限価格を設けて指名競争入札を行なわせ、その結果前述のように川崎重工が二一億四五〇〇万円で落札したものであり、最低制限価格を設けたことは被告鈴木の裁量権の逸脱もしくは濫用にあたる。

(二) 最低制限価格の不当及び通知方法の違法

仮に、本件において、被告鈴木が最低制限価格を設けて指名競争入札を行なうことが適法であるとしても、本件最低制限価格とその通知方法は次のとおり違法である。

(1) 最低制限価格の違法

被告鈴木は、最低制限価格としては正当な額を決定しなければならない義務があるところ、これに反して、右価格を一九億八五六〇万円と決定したもので、これは違法である。

(2) 通知方法の違法

競争入札において予定価格あるいは最低制限価格を設けたときは、右価格を事前に探知されてならないことは、公正な入札を実施するための最も重要な要件である。とりわけ最低制限価格が事前に察知されれば、実質的な競争は行なわれないこととなるからである。したがつて被告鈴木には、最低制限価格を事前に業者に探知されないよう注意しなければならない義務があり、右趣旨に鑑みれば右価格を設けたことを業者に通知する時期は入札日当日の入札実行直前が妥当であるというべきところ、被告鈴木は、これに反して、入札日より一〇日前に行なわれた本件指名業者に対する現場説明の際に、本件最低制限価格を設けたことを知らせており、これは違法といわなければならない。

被告らは、地方自治法施行令一六七条の一二第二項及び防府市建設工事競争入札執行事務要綱には、入札については現場説明の際、口頭で説明すると定められていると主張するが、右施行令一六七条の一二第二項では、「入札の場所及び日時その他入札について必要な事項をその指名する業者に通知しなければならない」と定められているものの、「その他入札に必要な事項」の中には最低制限価格を設けることは含まれず、右要綱には、現場説明の際右価格を設けることを業者に伝えなければならないとの規定はない。

4  損害

被告鈴木は、違法にも本件入札において最低制限価格を設けることを決定し、さらに不当な価格を定めまた前記通知時期を誤つたことにより、一九億六三〇〇万円で入札した日立造船とは契約せず、最低制限価格以上で、かつ最低の価格である二一億四五〇〇万円で入札した川崎重工と契約し、その結果防府市に対し、右両入札額の差額一億八二〇〇万円の支出を余儀なくさせ、同額の損害を与えたものである。

5  被告冨田寶一(「被告冨田」という)は当時防府市市民生活部長の職にあり、また本件ごみ焼却施設の機種選定委員の一人で、機種決定その他につき市長に次いで最も重要な地位にあり、事実上の決定権を有していたもので、被告鈴木の前記違法、不当な行為を容認、補佐し防府市に前記損害を与えた。

6  原告は、昭和五六年一月三一日防府市監査委員に対し、被告鈴木が前記のとおり違法に本件契約を締結したことにより防府市に一億八二〇〇万円の公金を不当に支出させ、もつて同市に損害を与えたため、本件契約を取消すよう勧告を求める旨の住民監査請求(以下第二回監査請求という)をしたが、同監査委員は、同年三月三一日付で、原告に対し、右請求は理由がないとしてこれを却下し、右通知は翌四月一日原告に到達した。

よつて、原告は、主位的に、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき、被告防府市長に対し、別紙目録記載のごみ焼却施設の建設の差止を、同項二号に基づき、被告防府市長に対し、本件契約の無効確認を、同項四号に基づき、防府市に代位して、被告鈴木、同冨田に対し、各自防府市へ前記損害金一億八二〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五六年五月二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求め、予備的に、同項一号に基づき、被告防府市長に対し、本件契約代金二一億四五〇〇万円のうち一億八二〇〇万円の支払いの差止を、同項二号に基づき、本件契約の取消を求める。

二  被告らの本案前の主張

1  出訴期間の徒過について

(一) 原告は、前記第二回監査請求に先立つ昭和五五年九月二二日、防府市監査委員に対し、第二回監査請求と同じく防府市と川崎重工との間の本件契約を取消すよう勧告を求めた監査請求(以下第一回監査請求という)をし、これに対し、右監査委員は、同年一一月二〇日、右請求は理由がないとして原告の申立を却下し、右通知は翌二一日原告に到達した。

(二) ところで、前記二つの監査請求は、前記のとおり請求の要旨が同一というのみならず、いずれの請求の理由も、本件契約の締結が不当な公金の支出にあたるという同一事実である。確かに、第一回監査請求の理由では、最低制限価格を設けて本件契約を締結したとの事実は記載されていないが、「一億余円も高いものを購入するのか。」と記載されていることから、最低制限価格を設けて入札を実施した結果、川崎重工が落札し、その結果一億余円も高いものを購入する結果となつたことを述べているものと解されるから、最低制限価格を設けた入札の違法をも前提として主張していると解することができる。また、入札に際して最低制限価格を設けて入札されたため最低価格で入札した日立造船は最低制限価格以下であるから法の定めるところにより失格となり、よつて、予定価格の制限の範囲内の価格で最低制限価格以上の価格をもつて入札した者のうち、最低の価格でもつて入札した川崎重工が落札者となつたのであり、原告主張のように日立造船と川崎重工との入札金額の差は一億八二〇〇万円となるが、最低制限価格の設定に関して不当違法はないとの判断をし、その旨を原告に通知しているものであるから、かりに、原告が、第一回監査請求において最低制限価格が設けられて入札されていたことを知らないとしても、監査委員は、最低制限価格が付されて入札されたこと及び一億八二〇〇万円の金額の差が生じたことの当否についても監査をしていて、原告にその旨通知しているところである。したがつて、通知事項をもつて新たな請求事項とすることは妥当でなく、第二回監査請求は何ら新たな請求を附加しているものではない。

また、地方自治法第二四二条の二は適法な監査請求の前置を要求しているものであるから、たとえ監査委員が不適法な監査請求を誤って適法な監査請求として処理したからといつて、不適法な監査請求が適法となるものではない。

以上のとおりであるから、第一回及び第二回監査請求は同一の請求であり、したがつて、昭和五六年四月二七日に提起された本件訴は、第一回監査請求の通知のあつた日から起算して地方自治法二四二条の二第二項一号にいう三〇日の出訴期間経過後になされた不適法なものであり、却下されるべきである。

2  本件工事の完成

本件契約に基づく工事は、昭和五七年六月三〇日完了し、防府市は同年七月一日完成検査を終えているから、主位的請求のうち右工事の差止を求める訴の利益は失われており、したがつて右訴は却下されるべきである。

3  本件契約に基づく工事代金の支払い完了

防府市は、本件契約に基づく工事代金全額を、すでに川崎重工に支払いずみであるから、原告が防府市長に対し右工事代金のうち一億八二〇〇万円支払つてはならないことを求める予備的請求はその訴えの利益がない。

4  行政処分性について

地方自治法二四二条の二第一項二号に規定する無効確認の訴、取消の訴が認められるのは、その対象とされる行為が行政処分でなければならないところ、原告が本件において求めているのは本件契約の無効確認あるいは取消であり、本件契約が防府市と川崎重工の間における私法行為であつて行政処分に当たらないことは明らかであるから、右各訴はいずれも不適法であり、却下されるべきである。

5  監査請求前置について

主位的請求の趣旨3項の代位請求については、第一回、第二回いずれの監査請求においても、損害を補填するため、被告鈴木及び冨田に対する必要な措置を講ずべきことを求めていないので、右訴は、いわゆる監査請求前置主義に反する不適法なものであり、却下を免れない。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実を否認する。原告は昭和五八年六月一日、北九州市に転出し、防府市の住民ではなくなつた。

2  請求原因2の事実を認める。

3  同3(一)の事実のうち、地方自治法及び同施行令に、原告主張どおりの規定があること、最低制限価格を設けたために川崎重工が二一億四五〇〇万円で落札したことを認め、その余の事実を争う。

本件最低制限価格は、最低入札価格が不合理な場合、その結果として地方公共団体が損害を蒙ることを排除するために設けられたもので、最低制限価格を設けることができる契約は、地方自治法施行令一六七条の一〇第二項の規定により、支出の原因となる契約のうち「工事又は製造の請負」に限定され、またこれらのうち「当該契約の内容に適合した履行を確保するため、特に必要があると認めるとき」に限られるものである。

本件工事は、プラント工事であるため各工学分野の工事から構成され、かつ高度の技術によるもので、地方公共団体の職員の知識、技能によつて設計図書を作成することは困難である。したがつて、設計込性能保証付という特異な発注形態をとり、また、高度な技術によつて製造される特殊構造物を含む工事であるため、工事の監督、検査を通じて完全、確実に契約内容の履行の確保を図る上に相当の困難を伴うおそれのあるものであるから、この種の工事については、最低制限価格の設定が認められると解するのが相当である。

指名業者による入札については最低制限価格を設定すべきではないと解することはできない。大手企業又は一流企業の業者が指名できたとしても、本契約の場合は、前記理由から履行が完全、確実になされ、契約目的が達成されるよう配慮すべきであつて、指名業者が大企業、一流企業であるからといつてこれが免除されるものではない。

4  同3(二)(1)のうち、最低制限価格が一九億八五六〇万円と決定されたことを認め、その余の事実を争う。

防府市は、指名業者である川崎重工、三菱重工及び日立造船に対し、昭和五五年四月二一日ごみ処理施設建設工事発注仕様書を呈示し、同年五月二十日までに工事見積仕様書及び参考見積書の提出を求め、右三社が提出した、工事見積仕様書は、財団法人日本環境衛生センター九州支局へ送付し、内容の検討を依頼した。検討の過程において業者が提出した、工事見積仕様書の内容に各業者ともに不備訂正または補完事項があつたので、各社の独自性を失なうことのない範囲において訂正補完又は、資料の提出を求め、検討の結果、防府市が呈示した、同工事発注仕様書を満足するものと認められるに至つた。

なお、各社提出の参考見積書によると見積額は次のとおりであつた。

A社 二三億六六〇〇万円(直接工事費二〇億三〇〇〇万円、諸経費三億三六〇〇万円)

B社 二三億九〇〇〇万円(直接工事費二〇億一〇〇〇万円、諸経費三億八〇〇〇万円)

C社 二三億八〇〇〇万円(直接工事費二一億二三〇〇万円、諸経費二億五七〇〇万円)

設計付契約の予定価格の設定は、業者より提出された見積書を参考として定められるものであるが、三業者が提出した、参考見積書の見積額を工事費別に中位の見積額を集計すると二三億二七七〇万円(直接工事費一九億九一七〇万円、諸経費三億三六〇〇万円)となり、また三業者見積額の平均値を求めると、二三億七八六六万六〇〇〇円(直接工事費二〇億五四三三万三〇〇〇円、諸経費三億二四三三万三〇〇〇円)となる。そこで防府市は、昭和五二年六月三〇日付厚生省水道環境部環境整備課長の文書「契約予定価格の設定について」の項を参考とし、予定価格を二三億六〇七五万円と定め、最低制限価格は、三業者の諸経費の額ならびに他の地方公共団体の最低制限価格設定の状況とを参考として一九億八五六〇万円と定めた。

他の地方公共団体における最低制限価格設定の状況は、設計額または業者見積額の八〇パーセント前後の額、業者見積額の九〇数パーセントの額もしくは設計額から諸経費を減じた額を最低制限価格としているが、これは最低制限価格制度の運用に当つては、画一的な割合をあらかじめ定めて運用することは適切でないので、個々契約に応じての合理的なものとして定めるべきであるとの昭和三八年九月一〇日各都道府県知事あて自治事務次官通達があるため、控除する割合が一致しないもので、防府市が設定した、最低制限価格一九億八五六〇万円は、前記予定価格の約84.11パーセントの額、または、諸経費相当額を減じた額に相当し、この価格は、業者が提出した見積額の直接工事費及び業者見積の各工事費のうちその中位の見積額を集計した直接工事費を上廻つて定めてはおらず、少なくとも工事施工上当然に確保されるべき費用にあたる。

以上のとおり、本件最低制限価格は適切に決定されており、原告の主張は失当である。

5  同3(二)(2)の事実のうち、防府市が最低制限価格を設けたことを入札執行日前に業者に知らせたことを認め、その余は争う。

地方自治法施行令一六七条の一二第二項によると、入札に必要な事項を通知しなければならない定めとなつており、最低制限価格を設けるか否かは入札に必要な事項と解される。地方公共団体が最低制限価格を設けて入札することは、例外に属するから、入札日前数日前から一〇数日前に最低制限価格を設けて入札する旨を通知することは妥当である。

6  同4、5は争う。

7  同6の事実のうち、被告鈴木が違法に本件契約を締結したことにより防府市に一億八二〇〇万円の公金の支出をさせ、もつて同市に損害を与えたことを争い、その余の事実を認める。

四  被告らの本案前の主張に対する原告の認否

1  本案前の主張1(出訴期間の徒過)について

(一) 本案前の主張1(一)の事実を認める。

(二) 同(二)を争う。

第一、二回監査請求は、別個独立のものである。即ち、第二回監査請求は、本件契約に関し、落札者である川崎重工と最低価格で入札をした日立造船との金額の差は一億八二〇〇万円であつたこと、その原因は、通常の指名競争によらないで、最低制限価格制度を採用したことによるものであること、次に右最低制限価格の設定が正しく行なわれたかどうか、また、右最低制限価格を業者に事前に探知されたのではないか、等の新たな事項を掲げ、右違法な行為、または怠る事実について新たに監査請求を行なつたものであり、本件出訴期間の計算は、第二回監査請求の通知が原告に到達した昭和五六年四月一日から起算すべきであり、同月二七日に訴提起された本訴は何ら違法はない。

さらに、第二回監査請求は、防府市監査委員会がこれを監査請求として正式に受理し、請求人たる原告に対し意見陳述を求め、新たな証人調べをするなどして監査しており、原告は右監査委員会の監査結果に不服があり、法定の期間内に本件訴を提起しているのであるから、却下されるべき理由はない。

2 同主張2(本件工事の完成)について

本件契約に基づく工事が完了したことを認める。

3 同主張3(本件契約に基づく工事代金の支払完了)について

右工事代金の支払いが終つていることは知らない。

4 同主張4(行政処分性)について

本件契約の締結は、巨費を投じて、一般廃棄物の処理という直接住民の福利に密接な関係をもつ公共用施設の建設にかかるものであつて、その性質上議会の議決を必要とするものであり、明白な行政上の契約であるから、行政処分に当たる。今日地方自治体においては、その行政機能の増大に伴ない、行政目的を達成する手段として私法の形式を用いることが多くなつているが、実質的には直接行政目的を達成しようとするものであり、本件契約も同じであつて、右の観点からも本件契約の締結は行政処分に該当するというべきであつて、その手段形式にとらわれるべきではない。

5 同主張5(監査請求前置)について

住民訴訟の訴訟の対象は、「監査請求において対象となつた行為又は事実」と一致することを要するが、本件のように損害賠償を訴求する場合にその前提として、損害填補のための必要な措置を求めて監査請求をすることまで要するものではない。

被告鈴木については、第一回、第二回の監査請求において、いずれも当時の市長として表示してあり、被告冨田については、第一回の監査請求において、機種選定審査会について言及しており、同人は右審査会の委員であつた。

第三  証拠<省略>

理由

一原告適格について

地方自治法二四二条の二は、住民訴訟を提起しうるものを普通地方公共団体の住民に限つているので、まず職権をもつて原告が本件訴訟における原告適格を有するか否かについてみるに、<証拠>によれば、確かに被告が主張するように、原告は昭和五八年六月一日北九州市へ転出した旨防府市に届出たことが認められるが、<証拠>によれば、右転出届をしたのは、原告が北九州市で不動産を購入するための便宜上したもので、右届出後も原告の生活の中心は防府市にあること、また原告はその後同年九月二八日には防府市への転入届をしていることが認められ、右事実によれば、原告は依然として防府市の住民であることに変化はなく、したがつて右原告適格を有するものということができる。

二本案前の主張1(出訴期間の経過)について

1  原告が昭和五五年九月二二日防府市監査委員に第一回監査請求を、昭和五六年一月三一日第二回監査請求をそれぞれなし、防府市監査委員が、第一回監査請求については昭和五五年一一月二〇日付で、第二回監査請求については昭和五六年三月三一日付で、いずれも理由がない旨の監査結果を原告に通知し、右通知がいずれもその翌日原告に到達したことは当事者間に争いがないところ、被告は右第一回監査請求と第二回監査請求とは全くの同一請求であり、原告の訴は、いずれも出訴期間を徒過した不適法な訴である旨主張するので、この点につき検討する。

2 地方自治法二四二条の二第一項、第二項は住民訴訟による訴を提起するには、その対象たる違法な財務会計上の行為ないし怠る事実につき監査請求を経ることを要し、かつ右監査結果に不服のある場合には、右監査結果の通知があつた日から三〇日以内に提訴しなければならない旨、監査請求の前置と出訴期間の制限を定めている。右監査請求前置の目的は普通地方公共団体の職員に違法、不当な財務会計上の行為があるとき、裁判による是正に先立ちまず監査委員に監査の機会を与えることにより、普通地方公共団体内で自主的に予防、是正の措置をとらせることにあり、右出訴期間の制限を設けた趣旨は、住民訴訟の対象となる行為の効力がいつまでも未確定のままであるときは、普通地方公共団体の行政運営の安定性の確保に欠けるとの公益的要請に基づくものと解され、同一の行為ないし怠る事実につき同一の違法事由を理由とする監査請求を繰り返し行なうことができるとすれば、右出訴期間の制限を定めた趣旨は没却されてしまうこと、地方自治法には監査請求の結果に不服がある場合に再度の監査請求をなし得る旨の規定の存しないことに鑑みれば、前記地方自治法の規定は、既に監査請求の対象とした行為ないし怠る事実につき同一の違法事由を理由として再度にわたつて監査請求をなすことは前監査請求後その違法性を立証しうる新証拠を発見し、これを添付して新たな監査請求をするなど、特段の事情のない限り、これを認めない趣旨であり、また監査請求人の主張する違法事由は異るが、新たな監査請求において主張されてしる違法事由が、前監査請求の監査において、実質的に検討され、それに対する判断が監査結果に示されているなど、これに不服のある請求人において直ちに住民訴訟を提起しえた場合は、後になされた監査請求は不適法とする趣旨であると解するのが相当である。

3  これを本件につきみるに、<証拠>によれば、原告は第一回監査請求において本件契約を取消し、ごみ処理施設建設工事請負業者の選択、機種選定審査会の構成員を刷新し、入札のやり直しなど安価で性能のよい一般廃棄物のごみ処理施設を設置するよう、監査委員会が是正勧告することを求め、その理由のうち本件契約については、(1) かつて、昭和五四年一一月三〇日に設置した粗大ごみ破砕施設の購入の際、被告鈴木は、市長の立場を利用して無能な機種選定審査会をあやつり、故なく川崎重工から高いものを買い、本件契約についても、安い納入業者を避けて、わざわざ高額の納入業者である川崎重工を選んでおり、これは不当な公金の支出にあたる、(2) 前記粗大ごみ破砕機は、仕様どおりの能力がなく、川崎重工の製品が劣ることを知りながら、さらに本件契約を川崎重工と締結することは、市に損害を与えることを予見できるものであり、被告鈴木の背任行為である、(3) 売上高、性能、サービスすべてにおいて優秀な訴外タクマを故意に退けたことは業者選択の注意義務を怠つたもので、公正を欠いている、などと主張していることが認められる。

<証拠>によれば、そこで、監査委員会は原告が右第一回監査請求の理由として主張する、右諸点について監査をするとともに、これに関連して本件入札執行の経緯についても検討をし、その過程において、右入札に際して最低制限価格が設けられたことが適法であるか否かについても併せて監査を遂げ、被告鈴木が、他都市でダンピングと推定できる行為があつたことを考慮し、本件契約は特にその内容に適合した履行を確保する必要があると判断して、関係法令に基づき最低制限価格制を採用し、その旨を指名業者に十分説明して入札を執行したもので、予定価格の制限内でかつ最低制限価格以上の価格をもつて申込みをした者のうち最低の価格の申込者を落札者として本件契約を締結したのは正当であり、結果的に最低制限価格を下まわつたため除外された申込業者の申込価格との差が一億八二〇〇万円となつたとしてもやむをえないとの結論に達し、これを内容とする監査結果(以下第一回監査結果という)を原告に対して通知したものであることが認められ、反証はない。

原告が右第一回監査結果に接したのち、昭和五六年一月三一日第二回監査請求をしたことは既述のとおりで、<証拠>によれば、原告はこの第二回監査請求において、本件契約は、地方自治法二条一三項、同法施行令一六七条の一〇第二項、防府市財務規則八七条二項に違背しており、かつ、市長は契約に至る過程で必要な注意義務を怠り、一億八二〇〇万円の公金を不当に支出し、市に損害を与えたとして、市に対し、本件契約を取消すよう勧告することを監査委員会に求め、その理由として、本訴において原告が主張する本件契約締結の違法事由(請求原因3)と同一の違法事由があること、このうち最低制限価格の決定に当たつては、取引の実例価格を参酌して慎重に決めるべきであるにもかかわらず、取引実例に基づきこれを厳正に決定したという確証はないと主張していること、第二回監査結果では、最低制限価格制を採用したことの監査の結果は第一回監査結果のとおりであるとされているのに対し、右価格の決定及び右価格の告知方法については具体的にその監査の結果が述べられていることが認められる。

以上認定の各事実によれば、第二回監査請求において原告が主張する違法事由のうち、本件入札で最低制限価格が設けられたことについては、第一回監査請求において、請求人が明確に違法事由として指摘してはいないものの、これは原告が主張する監査請求の理由たる事実に密接に関連するものであり、監査委員会も入札の経過に関する監査において実質的な審査を遂げ、その結果を原告に通知しているというべきであるから、前説示したところから、右違法事由に関する第二回監査請求は不適法であり、監査委員会が右請求を受理し、監査をしたからといつて適法となるものではない。しかし、最低制限価格そのものの決定については、前記認定事実から、第一回の監査においてやはり密接に関連する事項として一応検討の対象とされたであろうことは窺えないではないが、さらに進んで実質的な監査を行なつたとまでいうことはできず、右価格を設けたことを業者に対し通知する方法については、原告は全く新たな違法事由を主張しているものというべきである。してみると被告が主張するように第一回監査請求と第二回監査請求が右の点において形式的、実質的に同一のものであるとはいえない。しかし、一度監査を経た違法事由に関して住民訴訟を提起せず、その出訴期間を徒過したのち、新たな違法事由をあげて監査請求し、その結果のみならず前記違法事由をも主張して住民訴訟を提起した場合、右訴訟においてなお前記違法事由を主張できるとすることは、前記監査請求前置と住民訴訟の出訴期間を定めた趣旨を潜脱する結果となるものであるから、許されないと解すべきである。したがつて、本件各訴において、原告は本件入札において最低制限価格を設けたことが違法であることをもはや主張できないというべきである。しかしながら、前述のとおり、最低制限価格と最低制限価格を設けたことを通知する方法の違法性について監査を求める第二回監査請求は適法であり、原告が当該監査結果の通知を受けた日である昭和五六年四月一日(この点は当事者間に争いがない)から三〇日以内に提起された本件訴に出訴期間の徒過がなく、この点に関する被告の主張は採用できない。

三本案前の主張2(本件工事の完了)及び3(工事代金の支払)について

本件工事がすでに完了していることは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、防府市は川崎重工に対し本件工事代金全額をすでに支払ずみであることが認められる。してみれば本訴請求のうち本件工事の差止及び本件工事代金の支払禁止を求める原告の訴は訴の利益を欠くものとして却下を免れない。

四本案前の主張4(行政処分性)について

原告は、本訴において本件契約締結行為の取消し又は無効確認を求めているが、地方自治法二四二条の二第一項第二号では取消し、無効確認の対象たる行為を明確に行政処分たる行為と規定しているところ、本件契約の締結行為は防府市と川崎重工との間の私法的行為であつて、行政処分ではないから、右取消しまたは無効確認を求める訴もまた却下すべきものである。

五本案前の主張5(監査請求前置)について

地方自治法二四二条一項によれば、住民監査請求は同項に規定されている特定の職員が行なう財務会計上の行為について監査を求めるものであるが、監査請求書において右行為をした職員を氏名をもつて特定しなくても、右請求書の記載自体から特定し得る職員の行為を監査請求の対象としているものと理解できればよく、また公金の支出が違法であるとしてその支出原因について是正勧告を求める監査請求がなされていれば、右請求において右公金の支出により当該普通公共団体が被つた損害を填補するための措置を講ずるよう求めていなくても、地方自治法二四二条の二第一項第四号の代位請求をすることができるところ、前記二において認定した第二回の監査請求の内容によれば、要するに原告は監査委員会に対し、違法な本件契約の締結によつて公金を不当に支出し、防府市に損害を与えたことを指摘し、右契約を取消すよう勧告することを求めているのであり、右契約締結に直接関与したのが当時の防府市長であつた被告鈴木であることは自明のことであるから、さきに述べたところから被告鈴木に対し損害賠償を求める訴は適法である。しかし、被告冨田については、<証拠>によれば、被告冨田が、当時防府市市民生活部長の職にあり、本件契約内容の決定に関係した機種選定審査会の委員であつたことは認められる。しかし、<証拠>によれば、第二回監査請求においては、原告が主張する違法事由(ただし、前叙の理由から本件において検討の対象となる、最低制限価格自体の決定と本件入札において右価格を設けることを通知する時期の違法性)が、右審査委員会あるいは被告冨田のいかなる財務会計上の行為に存するのかについては、原告において述べるところがなく、またこれを推認させる事実主張もないことが認められる。そうであつてみれば、監査請求の対象となるべき、被告冨田の行為は特定されていなかつたのであるから、被告冨田に対する関係では、いまだ監査請求を経ていないというべきである。したがつて、被告冨田に対する本件訴は不適法であり、却下を免れない。

六被告鈴木に対する損害賠償請求について

原告は、被告鈴木は本件入札において最低制限価格を設けることを決定したことが違法であると主張するが、本訴において右主張は許されないことは前述のとおりである。そこでその余の違法事由につき検討する。

原告は最低制限価格を一九億八五六〇万円と決定したことが違法であるというが、違法の理由としては正当な価格でないという以外は何ら主張していない。しかし、右損害賠償を求めている趣旨や、第二回監査請求における請求の理由を参酌すると、右価格が正当でない根拠は、右価格の決定に際して取引実例なども勘案し、厳正に定めれば、本件入札における最低制限価格は日立造船の入札価格である一九億六三〇〇万円以下となつたはずであるところ、何らの根拠もなく右被告が前記最低制限価格を定めたと主張しているものであると解される。

ところで、最低制限価格がいかなる金額であるべきかについては、抽象的には請負契約の予定価格の制限の範囲内で、最低制限価格を設定するその目的にかない、かつそれに沿う最低の額であるということはできるが、その具体的金額の決定方法となると、個々の契約の種類、内容、契約当事者の能力、さらには右価格設定の必要性の程度に差異があり、これらの諸事情を捨象して右価格を一義的に決定しうる方法はなく、また具体的な客観的基準を設定することも困難な性質のものであるから、右価格の決定については、その決定権限を有する者が、前記諸事情を合理的に斟酌しながら、前記抽象的基準に背馳しない限度でこれを定めうる裁量権を有するものであつて、右決定権者が右裁量権の範囲を著しく逸脱して右価格を決定することは違法であるというべきである。

かかる前提のもとに、本件の場合をみるに、本件の最低制限価格の決定権限を有した被告鈴木において右裁量権を著しく逸脱して右価格を定めたと認めうる証拠はない。

<証拠>によれば、本件最低制限価格は、被告鈴木のほか当時の助役二名及び当時の市民生活部長であつた被告冨田の四名が、それぞれ最低制限価格として示した額を算術平均したものであることが認められ、原告は右決定方法から右価格には合理的な根拠がなく、杜撰なものであるとの疑を持つに至つたことが考えられる(ただし、第二回監査請求及び本訴において、これを主張しているわけではない)。

しかし、<証拠>によれば、被告鈴木は他の地方公共団体における最低制限価格決定の実情などを調査、照会をしたが、もともと右決定方法とかその実例を公開することには弊害が大きいものであるため、本件最低制限価格を定めるうえで参考となるべき資料を得ることができなかつたこと、そこで前記方法により被告鈴木が専決することとしたが、それに先立つて、前記四名の者は本件指名業者三社が提出している本件工事の見積金額及び設計書などによる本件工事費の概算額であり、国庫補助を受けるため国の関係機関による了解を得た金額(起工額)を熟知しており、さらには本件工事に関する内部の検討の過程で右四名以外の者の本件最低制限価格についての意向も察知していたこと、右四名のうち一人の助役は工事関係の技術担当でありうち一人は予算面をも扱う総務担当の助役であつたこと、もちろん右四名は同人らが各自妥当とする最低制限価格を記載した書面を封入、密封し、被告鈴木において本件入札当日、その直前に開封し、前述のとおりそこに書かれた金額を算術平均し、これを最低制限価格としたもので、前以つていつさい公表されていないこと、かくして定められた最低制限価格は、本件の指名三業者が提出した各見積額のうち利益などを含む一般諸経費を除いたいわゆる直接工事費でみて最低のものの98.7パーセントに、本件入札において定めた予定価格(入札における最高制限価格)の84.1パーセントにそれぞれ当たり、右予定価格は右各見積額(これは一般諸経費を含む)のうち最高額のこれまた98.7パーセントに当たることが認められ、これらの事実によれば前認定の決定方法に合理性がなく、ひいては本件最低制限価格自体、前記裁量の範囲を著しく超えて定めたものであると評価しなければならない額ではない。

ついで、本件の如き指名競争入札において、最低制限価格を設けていることを指名する者に通知すべきか否かについては、地方自治法施行令一六七条の一二第三項、一六七条の六第二項には指名競争入札においても、公告の方法により周知させることは要しないが、入札に関する条件に違反した入札は無効とする旨を明らかにしなければならないと規定されており、また<証拠>によれば防府市財務規則九二条、八〇条、八一条六号では、同趣のことを規定し、右明らかにする時期は原則として入札期日の前日から起算して少なくとも一〇日前でなければならない、ただし、急を要する場合においてはその期間を五日までに短縮することができる、と定めていることが認められ、右政令や規則にいう条件には本件のような最低制限価格を設けることをも含むと解するのが相当である。そして<証拠>によれば、入札執行日の六日前である昭和五五年七月一五日本件の指名三業者に対する現場説明の際に本件入札においては最低制限価格が設けられることを通知したことが認められる。

なるほど、入札が最低制限価格を設けて行なわれることを入札参加者に告知する時期いかんによつては、その価格を事前に察知しようとする入札参加者の暗躍を許し、不正の行なわれる可能性がないとはいえないことは原告の主張のとおりであるが、しかし、その原因はむしろ右価格を以つて推定しうる指針や基準が予め確定していることによることが大きいのであつて、入札参加者に入札価格を含め契約条件について熟慮、検討を促そうとする前記条件明示の趣旨その他本件請負契約の特殊性に鑑みれば、右規則の原則規定よりもさらに入札執行日に近接した時期ではあるが但書の期間内になされた本件の通知をもつて違法であるということはできない。しかも前認定の事実によれば、本件の場合最低制限価格自体は入札の直前までだれも知り得ないような措置がとられていたというのであるから、前記実害の発生する余地もなかつたものである。してみれば原告の被告鈴木に対する本件請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であり棄却を免れない。

七叙上のとおりであるので、原告の被告防府市長に対する本件各主位的訴と各予備的訴及び被告冨田に対する本件訴は、いずれも不適法であるから、これらを却下することとし、原告の被告鈴木に対する本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(大西浅雄 岩谷憲一 木竹元昭)

目録

ごみ焼却施設一式

一 焼却処理能力 日量一八〇トン(公称)

二 設置場所 防府市大字新田三六四番地

三 契約年月日 昭和五五年七月二五日

四 右建設工事請負価格 二一億四五〇〇万円

五 請負業者 川崎重工業株式会社

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